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学問からの「ヴィーガン」のなぜなに?第二回

Writer:くろ

②なぜヴィーガンなの?

2. 環境のため

I. 食肉と産業

 2006年、FAO(国連食糧農業機関)は『家畜の長い影』という報告書で、畜産業は温暖化、大気汚染、水質汚濁の大きな要因であることを示しました[1]。さらに2009年にはアメリカのワールドウォッチ研究所が、全工程とサプライチェーンを考慮に入れると、畜産は世界の温室効果ガス総排出量の51%を占めていると報告しました[2]

 現在、UNEP(国連環境計画)は「世界で最も急を要する問題」として食肉量の削減を目指しているほか[3]、多くの国際機関が世界中で食肉を減らすよう呼び掛けています。

 なぜ、畜産が温暖化や環境汚染につながるのでしょうか?どうして、食肉を減らすことが求められているのでしょうか?

 それは、家畜動物に大豆やトウモロコシといった飼料を与えて、その家畜を人が食べるという食料生産の在り方(=迂回生産)がとても効率の悪いものだからです。動物は呼吸、移動、排泄など体の成長以外にも大きなエネルギーを費やすので、人が植物を直接食べるよりもはるかに多くの植物と、それを育てるための土地と水が必要になります。そして呼吸や排泄に由来する物質が温暖化や汚染を引き起こします。

 例えば、牛乳1Lには水880Lが必要になります。また、ハンバーガー1個を作るためには1700Lの水を費やしますが、同量のパンには180Lの水で済みます[4]

 牛が出すメタンガスや家畜の排泄物から発生する亜酸化窒素などにより、畜産は年に二酸化炭素320億トン分の温室効果をもたらすと言われています[2]。一部の排泄物は河川へ流出し、流域を汚染し、海へたどりつくと酸欠海域を生み出します[5]

 加えて、家畜の餌になる大豆の畑や放牧地のために、大規模な森林破壊が引き起こされています。毎秒6000平方メートルの熱帯雨林が伐採されているといわれ[6]、特にブラジルのアマゾンの消失は国際的な問題となっています[7]

 ちなみに、現在国内で用いられる飼料は75%が輸入品で、トウモロコシの50%はブラジルから輸入されているため[8]、日本もまたアマゾン消失の原因を作ってしまっているのかもしれません。

 2018年に科学雑誌「Science」に掲載されたオックスフォード大の研究によると、世界中の食品産業に費やされる農地の83%、淡水の33%が畜産業に使われています。そして温暖化、大気汚染、水質汚濁の6割近くは畜産によって引き起こされています。一方、畜産が供給するカロリーは全ての食料供給のうちの18%、供給タンパク質は37%に過ぎません[9]

 耕作可能な土地や使える淡水には限りがあります。すでに地球上の陸地の3分の1以上

が農業に利用されていて、4分の1は表土喪失、微生物現象、栄養素枯渇などにより劣化しています。加えて、淡水の水源の多くは枯渇しつつあります[10]

 こうしたなか、2050年までに世界の人口は93億にまで達し、いまの肉の消費量が続けば世界中で土地と水が足りなくなるだろう、と言われています[11]

 漁業についてはどうでしょうか?

 世界で毎年数兆匹の魚が捕獲されていると言われています[12]。さらに、延縄漁やトロール漁によるイルカやウミガメの混獲(=意図せず捕まってしまうこと)も大きな問題となっています。混獲で害されやすいサメなど大型の肉食魚が減ることによって食物連鎖は乱れ、他の多くの生物も影響を受けてしまいます[13]

 このような大規模な漁業を続けていれば、「2048年までに海の魚はいなくなる」と言われています[14]

 漁獲量の減少により、いまでは漁業生産のうちのおよそ50%が養殖によるものとなっています[10]。しかし、養殖魚の飼料でも他の魚や穀物が使われるという迂回生産や、養殖場を作るための環境破壊の問題があります。

 例えば、日本の食用のクロマグロは7割近くが養殖ですが、マグロは1kg成長するために他の天然魚を14kg分食べています[15]。また、エビの輸入先であるベトナムやインドネシアでは、エビの養殖のためにマングローブ林が伐採されています[16]

 生物多様性の喪失も深刻です。

 人間と食用にされる動物が、いまや地球上のバイオマス(=生物量)の98%を占めていると言われています[17]。これは先に述べた環境破壊により、野生動物や人の資源とならない植物の生息地が失われていることが大きな要因となっています。

 また、アメリカを初めとして、家畜動物のための牧草を確保するために、馬や驢馬が、家畜動物が捕食されることを防ぐために、コヨーテや狼が、それぞれ自然から人為的に間引かれています[6]。このことも、野生動物が減少している原因の一つとなっています。

 多くの種の絶滅を危惧する声は日に日に高まってきています。一例として、アメリカの生物多様性センターは「地球と野生動物のために肉の量を減らすことが必要」と主張し、『絶滅を食事で防ごう』と題したキャンペーンが行われています[18]

 ここまで様々な問題を眺めてきて、肉や魚を避けるベジタリアンやヴィーガンの実践が環境にやさしいものだということが分かってきました。

 歴史をたどってみても、シェリーの『自然な食生活の擁護』では「人間の住む地球の最も肥沃な大地は、全く計算不可能なほどの栄養物の損失と浪費をして、実際には動物のために人間によって耕されているのである」と、食肉がとても非効率なものであることを訴えています[19]

 20世紀初め頃を生きた作家、宮沢賢治の童話『ビジテリアン大祭』では、家畜を育てるために多くの土地が必要になること、そのために養える人の数が減ってしまうことが語られています[20]。蛇足ですが、彼の素朴な食生活は、『雨二モマケズ』の中の一句「一日ニ玄米四合ト、味噌ト少シノ野菜ヲタベ」から有名ですね。

II. ベジタリアン、フレクシタリアンとヴィーガンの違いを考えてみる

 ここからもう少しだけ歩みを進めて、【環境のため】という視点からベジタリアンやフレクシタリアン(flexitarian=一般的な生活より食肉を減らして時々だけ食べる人)とヴィーガンの違いを考えてみましょう。

 牛のゲップが温室効果の大きいメタンガスを含み、大量の排泄物も温室効果や汚染を生むので、牛乳の生産と消費は環境にやさしいとは言えません。また、トウモロコシからタンパク質10gを作ると130Lの水で済むのに対し、卵から同量を作るためには244L必要です。肉に比べると乳製品や卵は生産効率が良いですが、やはり植物性食品よりは環境への負荷が大きいです[1]

 しかし、ヴィーガンであるからといって、車や飛行機を頻繁に利用し、化石燃料に依存した生活を送っていれば、環境にやさしい実践だとは言えません。それに比べると、これらを控えてなるべく徒歩や自転車を用いた生活を送るベジタリアンやフレクシタリアンの方が、より環境にやさしいかもしれません。

 パーム油も無視できません。

 これは植物油の一種で、インドネシアやマレーシアのアブラヤシ農園で作られています。そしてこのアブラヤシ農園が大規模な森林破壊を引き起こし、棲家を失ったゾウやオランウータンが絶滅の危機にさらされています[21]

 この油は日本ではふつう「植物油脂」や「ショートニング」と表記され、あまり聞きなれないかもしれませんが、マーガリン、パン、お菓子、洗剤など、様々な用途で用いられています。日々の生活で多くのパーム油を食べたり使ったりしていると、ヴィーガンでもやはり環境へ負荷をかけてしまいます。※1

 けれど実際には多くのヴィーガンはパーム油を避け、食事以外でも環境に配慮した生活を送っているように思います。

 では、ヴィーガンにならなければ環境にやさしい生活はできないのでしょうか?

 ここで一つのモデルとして、中央アジア草原の伝統的な遊牧を考えてみましょう。馬や羊などの動物たちは、雑草を食べ糞尿で土を肥沃にしながら土地を移動してゆきます。その中で人々は、夏には動物から搾乳してチーズなどを作り、冬には家畜の肉を食べます。その際、料理や乳の加工にも排泄物が使われます。※2

 この方法では、飼料に自然の牧草を用いることで水の使用は抑えられ、自然破壊も避けられるうえ、排拙物は放出されることなく活用されています。このような畜産の在り方が可能であれば、環境に害のない乳製品や食肉を生産できるかもしれません[9]。もっとも、広い牧草地が必要になるなど、これは限られた地域でしか実現しないでしょう。※3

 昆虫食(=昆虫を育て食べること)はどうでしょうか?前回確認した定義によると、ベジタリアン、ヴィーガンは昆虫は食べませんし、そもそも日本や欧米のほとんどの人は食べたことがないと思います。

 実は、タイやコンゴをはじめとして多くの地域で昆虫は日常的に食べられています。特にバッタ、シロアリ、ハチ、コウチュウ、チョウの5目は、タンパク質や微量栄養素が豊富で需要が大きくなっています。このような昆虫食は、必要な飼料、温室効果ガス放出などが食肉に比べ少量であるため、環境にやさしいと言われています[22]

 植物性食品に比べるとやはり生産効率は落ちますが、気候条件などから他の作物が育ちにくい地域では安く手に入る貴重な食品です。無理に家畜を育てたり国外から輸入するよりは、はるかに環境への負荷が小さいとみなせます。

 以上から、基本的にはヴィーガンは肉を食べる人やベジタリアンより環境にやさしいといって良さそうです。一方で、特定の地理的・経済的な条件の下では少しの肉や乳製品、もしくは昆虫などを食べていても、充分に環境にやさしい生活を送れるということが分かりました。









※1パーム油の生産に生じる様々な問題を緩和するために、RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)という認証制度が広まっています。しかし現時点では、この認証を受けているからといって必ずしも自然破壊をしていないとは言いえないようです。

※2モンゴルの遊牧民の暮らしを参考にしましたが、近年では社会の変化に伴って都市郊外に人々と家畜が集中し、草原の回復力が追いつかないという問題が生じきているようです。

※3牧草地を動物が移動してゆく形の畜産が、気候変動対策のカギになるという意見もあります。例えば、映画「キス・ザ・グラウンド」(ジョシュティッケル監督 2020)をご参照ください。他にも、マイケルポーラン『雑食動物のジレンマ』(特に第十一章)でこの形式の畜産が支持されています。

参考文献

[1] "Livestock's Long Shadow: environmental issues and options". FAO. Rome. 2006

[2] Goodland, Robert & Anhang, Jeff. "Livestock and Climate Change: What if the key actors in climate change are...cows, pigs and chickens?". WorldWatch. November/December 2009

[3] Tackling the world’s most urgent problem: meat. FAO. 2018/9/26

[4] "The Water Content of Things: How much water does it take to grow a hamburger?". USGS Water Science School.

[5] "What Causes Ocean“Dead Zones”?". Scientific American. 2012/9/25

[6] マークホーソーン『ビーガンという生き方』井上太一訳 緑風出版 2019 (第四章でヴィーガンと環境のつながりが述べられています)

[7] Margulis, Sergio "Causes of Deforestation of the Brazilian Amazon". World Bank Working Paper No. 22. 2004

[8] 「飼料をめぐる情勢」農林水産省 2020/9

[9] J. Poore and T. Nemecek. Reducing food’s environmental impacts through producers and consumers. Science 360, 987–992. 2018/6/1

[10] "SOLAW: Managing Systems at Risk". FAO. Rome. 2013

[11] ロナルド・L・サンドラー『食物倫理入門』馬渕浩二訳 ナカニシヤ出版2019(第三章で大規模化した畜産業、漁業の問題が述べられ、食肉の倫理について議論されています)

[12] マルタザラスカ『人類はなぜ肉食をやめられないのか』小野木明恵訳 インターシフト 2017(第十二章で代替肉、昆虫食など環境にやさしい食生活について述べられています)

[13] Reducing suffering in fisheries. Fishcount.org.uk

[14] Worm, Boris, et al. "Impacts of Biodiversity Loss on Ocean Ecosystem Services". Science. Vol 314. 2006/11/3

[15] 生田武志『いのちへの礼儀―国家・資本・家族の変容と動物たち』筑摩書房 2019(前編第五章で日本の畜産業や漁業の現状が述べられています)

[16] 秋津元輝、佐藤洋一郎、竹之内裕文編『農と食の新しい倫理』昭和堂 2018(第一章で日本の食料生産・消費の現状と課題が論じられています)

[17] Smil, Vaclav. "Harvesting the Biosphere: The Human Impact". Population and Development Review 37 (4): 613-636. 2011/12

[18] TAKE EXTINCTION OFF YOUR PLATE. Center for Biological Diversity.

[19] 鶴田静『ベジタリアンの世界―肉食を超えた人々』人文書院 1997 p111

[20] 『ビジテリアン大祭』は賢治がなくなった翌年の1934年に発表され、いまはネットなどで無料で読むことができます

[21] 「パーム油 私たちの暮らしと熱帯林の破壊をつなぐもの」WWF 2019/10/16

[22] バーバラ・J・キング『私たちが食べる動物の命と心』須部宗生訳 緑書房 2020

(第一章で昆虫と昆虫食について幅広い視点から論じられています)

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