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学問からの「ヴィーガン」のなぜなに?第一回

Writer:くろ

 今回からの連載では、実は「人と動物の関係」を考えるうえでとっても大事なヴィーガン(vegan)のお話をしてゆきたいと思います!

①ヴィーガンってなに?

I. ベジタリアンとヴィーガンの歴史

 ヴィーガンの始まりは、1944年にイギリスで設立されたヴィーガン協会(The Vegan Society)にさかのぼれます。これは同じくイギリスで1847年に生まれた、ベジタリアン協会(The Vegetarian Society)から派生した団体で、「vegan」は「vegetarian」の文字をいくつか抜き取ってできた言葉です。

 ではまず、ベジタリアンがどういうものなのかを見ていきましょう。

 良く知られているとおり、ベジタリアンは動物(牛、鶏、豚、魚…)の肉を避ける人のことを指します。※1

 このことから「vegetarian」のvegeは「vegetable」=野菜のvegeだ、というイメージがあるかもしれません。実はベジタリアン協会の設立者たちは、この言葉がラテン語の「vegetus」に由来するものだと表明していました。「vegetus」は活き活きとしてエネルギッシュな様子を意味する言葉で、単に野菜を食べるというだけでない広い意義を持ったものがベジタリアンなのだ、ということです。

 そして本来ベジタリアンの実践は、ベジタリアニズムという学問的な言葉で表されることがあるように、倫理的、客観的な根拠(=理論的根拠)をもったものです※2。その根拠というのが、この連載で焦点を当てたい、動物と環境への危害を避けることなんです[1]

 例えば、詩人のパーシー・シェリーは『自然な食生活の擁護』(1813年)を、好古家のジョゼフ・リッツンは『道徳的な義務としての動物食の節制に関する試論』(1802年)を著し、肉を避ける食生活を倫理的なものとして唱えていました。※3

 また、彼らは古代ローマの文筆家プルタルコスの『肉食について』を訳し、当時多くの人に影響を与えました[2]。プルタルコスは、それが栄養のために必要ではないこと、人間の身体構造からみて不自然であること、贅沢のための残忍な行いであることなどを指摘し、人の肉食を不合理で不正なものと述べています[3]

 ここまでで、ベジタリアン=倫理的な理由から肉を避ける人だったということが分かりました。ところがその後、アメリカ人のケロッグとエラ夫妻が健康改善のためにシリアルやピーナッツバタ―を発明し、それがベジタリアンの食事として大流行しました[4]。二人の生み出したシリアル食品は、コーンフレークとして日本でもなじみ深いものですね。

 このように健康のためにベジタリアン食を選ぶ人が増えたため、ベジタリアン=健康のために野菜を食べる人というイメージが広まりましたが、元々ベジタリアンは健康法ではなく、「菜食主義」という訳も適切ではないようです。本当に客観的なの?動物は分かるけどどうして環境を守ることになるの?と、疑問を持たれた方もいると思いますが、それは②の2と3で詳しく述べてゆきます。

II. ヴィーガンの定義

 いよいよ、ヴィーガンについてお話してゆこうと思います。

 先ほど述べたようにベジタリアンは食肉を避ける人のことで、多くの人は牛乳や卵を食べていました。そこで、これらを含めた動物由来のものを全て避けるという考えのもと、新しくヴィーガン協会が作られました。

英国ヴィーガン協会のHPによるとヴィーガニズム(=ヴィーガンの実践内容)は

「実行可能な限り、食物や衣服の生産などに伴う、あらゆる種類の動物への搾取と虐待を避けようと心掛ける生き方」

と定義されています[5]

 ベジタリアンが食べない動物の肉だけでなく、卵、乳製品、蜂蜜といった動物由来のものを全て食べないほか、衣服の革や毛皮、動物実験が行われた化粧品や洗剤、動物園、水族館や動物が見世物になるサーカスなど、原則として動物の利用が伴うものは避けます

 ただし、自分が重い病気にかかった際に医薬品や治療(ほとんどの国で動物実験がされています)を受けないことについては、ほとんどの人にとって「実行可能」ではなく、協会も勧めていないようです。

② なぜヴィーガンなの?

 先ほどヴィーガンの定義を確認しましたが、言葉が広まっていくうちにその意味も膨らんでいったようです。現在では、ヴィーガンを実践する理由として、1【健康のため】、2【環境のため】、3【動物のため】の三つがあると思います。

 これらを一つ一つ考えてゆきましょう。

1. 健康のため?

 近ごろ日本では、健康のためにベジタリアンやヴィーガンになる人が増えているように感じます。その理由の一つは、科学が植物性食品のメリットを示してきたことではないでしょうか。

WHO国際ガン研究機関の「発ガン性リスク一覧」によると、グループ1〔発ガン性がある〕に加工肉が、グループ2A〔おそらく発ガン性がある〕にレッドミート(=牛豚など哺乳類の肉)が含まれています[6]。日本では大腸ガンによる死亡率が1950年代と比べて大幅に高まっていますが、これは肉の消費量が当時から現在までに5倍以上に増えたからだとも言われています[7]

 他にも、卵や乳製品を含む動物性食品はガン、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病といった、死亡リスクの大きい生活習慣病の発症率、死亡率を高めるとみなされています[8]

一方で、2009年の米国栄養食料アカデミーの発表によると

適切に献立されたベジタリアン食、ヴィーガン食は

・健康であり栄養学的に適切

・ある種の病気の予防や治療に有益

・妊娠・授乳中、乳幼児~老齢期、アスリートなど、全てのライフサイクルにおいて適切

とされていて、ヴィーガンでも健康な生活を送れることがわかります[9]

 タンパク質の不足を心配する方が多いと思いますが、少数の食材に偏らなければ、植物性食品だけで十分かつ良質なタンパク質をとることができます[10]。特に日本食には欠かせない大豆は、全ての必須アミノ酸を含む完全タンパク質食品で、骨の健康にも役立つと言われています[11]

 さらに、2015年に出版され大ベストセラーとなった『How Not to Die』の著者、グレガー博士はこの本の中で「多くの慢性疾患の予防と治療に役立つと分かった食事法」として、「精製されていない植物性食品を多く摂り、肉、乳製品、卵、加工食品を避ける」ことを勧めています。

 しかし彼は続けて「本書は、ベジタリアンやヴィーガンを推奨するものではない。…私が推奨するのは、科学的根拠に基づいた食事法である。」と述べています[12]

 ヴィーガンであるからといって栄養学を蔑ろにしていれば、不健康になるかもしれないですし、動物性食品を少々とっているからといって栄養学を考慮していれば、必ずしも不健康になるわけではないと思います。

①で述べたようにベジタリアンは本来健康法ではなく、ヴィーガンにも同じことが言えます。つまり【健康のため】というのはあくまでヴィーガンの副次的な理由で、食事の面だけに注目して「完全菜食主義」と訳してしまうのは適切ではないのかもしれませんね。

 もちろん、健康のためにヴィーガンになることはとても素敵な選択だと思います。この人たちとそのような食の在り方を、ダイエタリーヴィーガン(dietary vegan)やプラントベース(=植物性中心)の生活と呼ぶこともあります。

 次回は、【環境のため】とベジタリアンやヴィーガンの結びつきを見てゆきたいと思います。








※1英国ベジタリアン協会の定義(https://vegsoc.org/info-hub/definition/)では、ベジタリアンは貝、甲殻類、昆虫も食べませんが、当初からこれらを食べないことまでを主張していたかどうかは調べられませんでした。もしご存じの方がいれば、ご指摘いただけるとありがたいです。

また、現在ベジタリアンの細かい分類として以下のようなものがあります[8]。


・ポーヨーベジタリアン:哺乳類の肉を避ける

・ペスコベジタリアン:哺乳類、鳥の肉を避ける

 (魚・乳・卵を食べる人と、魚は食べるが乳・卵は避ける人がいる)

・ラクトオボベジタリアン:ベジタリアン協会の定義通りのもの

 (欧米ではふつう、ベジタリアン言えばこのラクトオボベジタリアンを指す)

・ラクトベジタリアン:哺乳類、鳥、魚の肉、卵を避ける

※2例えば、レオナルド・ダ・ヴィンチ、モンテーニュ、ジャン・ジャック・ルソー、ヴォルテール、ワーグナー、トルストイ、マハトマ・ガンディーといった思想家たちがベジタリアンを支える理論を唱えてきました。ダヴィンチは動物性食をすべて避けるヴィーガンの食生活を送り、現代のヴィーガニズムにも影響を与えているようです。

さらに詳しくは鶴田静『ベジタリアンの世界』(第二回の参考文献[19])をご参照ください。

※3原題は以下になります。

Shelley, Percy. "A Vindication of Natural Diet". 1813

Ritson, Joseph. "An Essay on Abstinence from Animal Food: As a Moral Duty". 1802

いずれも和訳されていませんが、原書はネットなどで無料で読むことができます。

参考文献

[1] 田上孝一『環境と動物の倫理』本の泉社 2017(第六章でベジタリアニズムが倫理的実践を伴う合理的な学問、すなわち倫理学であることが論じられています)

[2] キャロル・J・アダムズ『肉食という性の政治学』鶴田静訳 1994. p129(ベジタリアニズムとフェミニズムの倫理的なつながりが論じられた古典的著作です)

[3] 『肉食について』の日本語訳は、京都大学学術出版会のプルタルコス『モラリア 12』に収められてます

[4] マルタザラスカ『人類はなぜ肉食をやめられないのか』小野木明恵訳 インターシフト 2017(第八章でベジタリアンの歴史が述べられています)

[5] Definition of veganism. The Vegan Society.

[6] Agents Classified by the IARC Monographs, Volumes 1–127. WHO

[7] Kono S. "Secular trend of colon cancer incidence and mortality in relation to fat and meat intake in Japan". Eur J Cancer Prev. 2004;13(2):127–32.

[8] 垣本充、大谷ゆみこ『ヴィーガン―完全菜食があなたと地球を救う』KKロングセラーズ 2020(第一章でベジタリアンやヴィーガンの概要が示され、第二章で動物性食品と生活習慣病の関わりが詳しく述べられています)

[9] Winston J Craig & Ann Reed Mangels. "Position of the American Dietetic Association: vegetarian diets". J Am Diet Assoc. 2009 Jul;109(7):1266-82.

[10] 「タンパク質不足を心配するビーガンの方へおすすめの植物性食材20選」GentleHeart 2020/5/19(動物や環境など様々な視点からヴィーガンを紹介されているサイトです)

[11] Aaron J Michelfelder. "Soy: a complete source of protein Am Fam Physician". 2009 Jan 1;79(1):43-7.

[12] Greger, Michael. "How Not to Die". Flatiron Books. 2015(邦題『食事のせいで、死なないために』神崎朗子訳 2017 引用は訳書[病気別編]p35より)

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