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「仕方がない」を問い直す―除角体験から考える動物福祉―

Writer:トンmi


若い牛の角の根元に大きなニッパーを当てがい、思い切りよく閉じる。ざくり、とした感触と共にまだ短い黒い角が落ち、生々しい傷口から鮮血がじわじわと滲んだ。間髪入れずに炭火で熱した焼きごてを押し付ける。白い煙とタンパク質が焼ける焦げくさい臭いが立ちのぼり、止血できるまでじわじわと焼いたら終了である。両角を切り終えると牛は固定していた綱をほどかれ、我々は次の牛を囲い込む。躊躇すれば焼きごてが変な場所に当たってやけどさせたり、処置時間が長引いたりして、牛の苦痛が増してしまう。だから作業はてきぱきと進む。

この作業を角切り、または除角という。牛、特に肉牛は、この方法で牛のシンボルたる角を失う。角が伸びると牛同士で喧嘩してけがをすることや、管理する人間に危険が及ぶことがあり、それを防ぐため今も多くの農家で同様の方法で行われている。

3年前、牧場1日体験、のような形で訪れた肉牛肥育農家でその日行われていたのが、それだった。以降各地の畜産現場をまわることになる私が、初めて内部に踏み入った牧場である。畜産業を志していた私は、どんな作業も受け入れて慣れていかねばと思い、自ら手を挙げて除角に参加し、実際一頭にはニッパーと焼きごてを握らせてもらった。

作業から戻った私を迎えたのは、別の農場に行っていた仲間や先輩たちの称賛の声だった。「すごい」「メンタルが強い」といったような言葉…。褒められる理由が分からず困惑した。確かに私は牛が好きだし、その牛を痛めつけることに抵抗がないと言えば嘘になる。でも畜産に携わるためには、できなければならないことだ。かわいがるだけの愛玩動物ではなく、いずれ出荷する畜産動物として牛を愛するとは、そういうことだ。

除角は、決して楽な仕事ではない。牛は苦痛と恐怖のため涙を流すことさえあるという。さらに処置を受けた牛はその後人間を恐れ、容易に近づいてこなくなる。牛を愛し大切にする農家にとって、可能なら避けたい作業だろう。しかし麻酔を打つには獣医を呼ばなければならないし、お金もかかる(実際、除角を行う肉牛農家の8割以上が麻酔なしで行っているとの調査がある‹₁›)。かといって除角をしないと前述した通りリスクが大きい。つまり無麻酔除角は「仕方がない」ことなのだ。私はそう受け入れた。


時は巡り、私は動物福祉や動物倫理を学んでいる。その中で、知った。動物に多大な苦痛を与える除角が批判されていること(畜産それ自体廃止すべき、という考えが今の動物倫理では主流のようだが、今回その議論については触れないことにする。遠からず他の人がブログに書くであろう)。そして苦痛を抑える方法や除角なしで済ます方法がいくつも検討され、その経済性が検証されていること‹₂›。


目から鱗だった。


牛を飼う上では「仕方がない」「乗り越えねばならない」と思い込んでいた関門。それを「必要ない」「変えるべき」と声を上げる人たちがいたのだ。 「仕方がない」。それは、魔法の呪文だ。不満の声を、反感を黙らせ、思考停止させる呪文。多くの農家が、自分に、後続の者たちに、繰り返しその呪文をかけてきたのだろう。私も呪いにかかった一人だった。でも、どうだ?少し現場から距離を置いて、倫理的議論、世界の研究、優秀な牧場の話に耳を傾けると、停止した思考を動かす鍵が随所に落ちているではないか。

「仕方がない」。もちろん相応の理由がある。除角なしで済ませられなかった理由が。代替法の導入がためらわれた理由が。では、その慣習に、原因に、一つずつ食らいついて、変えていくべきだ。はなから諦めるのではなく、本当に「仕方がない」のかと何度でも問い直し、変えていける方法を探すべきだ。

動物福祉研究は、確かに進んでいる。欧米では社会全体の意識の高まりも相まって、動物福祉に配慮した牧場がどんどん増えている。その事実が、畜産現場で繰り返し零れ落ちる「仕方がない」という諦めを乗り越える意思を与えてくれる。

惰性、慣習、無知、そんな霞を取り払い、家畜の福祉を新鮮な目線で考えること。それこそが、動物福祉を推進する、よりよい関係の上で家畜と人間が共生していく原動力になるはずだ。



最後にここまで読んでくださったあなたに、問いかけたい。ここまで私は畜産現場の話を中心にしてきた。ゆえに「自分には関係ない、どうしようもない、だって自分は一介の消費者にすぎないから」と、思われているのではないか。だが消費と生産はつながっている。動物福祉に配慮した畜産物を選ぶ人が増えれば、生産者の関心は自ずと高まり、現場は変わる。さあでは、肉を食べるあなたが「そのような畜産物は高い、自分はお金がないし安い肉を買うのも仕方がない」のか?あるいはあなたが動物福祉に興味を持つベジタリアンだとしたら、「畜産物を買わない自分が動物福祉の推進に貢献できないのは仕方がない」のか?

答えは一つではないし、特に後者の質問に関しては、私もまだ解答を模索している段階である。

「仕方がない」はだれの心にもある。ふと立ち止まって、それらを問い直し、もし乗り越えることができたなら、きっと、未来は明るい。


肥育牛の出荷月齢から考えると、あの日私が角を切った牛は、もうずっと前に肉になってしまったのだろう。彼(彼女だったかもしれない)の一生は幸せだっただろうか。願わくは彼が、牛を愛していたあの牧場の人々の中で、人におびえ人を憎みながらではなく。信頼を取り戻し、愛し愛されて、最後に出荷トラックに足を踏み入れたことを、祈っている。







〈1〉畜産技術協会. 肉用牛の飼養実態アンケート調査報告書 . p18f. 平成27年3月.

〈2〉無麻酔除角以外の方法とそのメリットなど

ゲノム編集で無角種を作出する研究…http://crisp-bio.blog.jp/archives/20263578.html

鎮静剤・麻酔使用の増体への影響を調べた研究、導入事例(乳牛)…

Bates AJ, Laven RA, Chapple F, Weeks DS. The effect of different combinations of local anaesthesia, sedative and non-steroidal anti-inflammatory drugs on daily growth rates of dairy calves after disbudding. N Z Vet J. 2016;64(5):282-287. doi:10.1080/00480169.2016.1196626

無角種・麻酔鎮静剤使用に関しては他にも論文がある。例えば、

Thompson NM, Widmar NO, Schutz MM, Cole JB, Wolf CA. Economic considerations of breeding for polled dairy cows versus dehorning in the United States. J Dairy Sci. 2017;100(6):4941-4952. doi:10.3168/jds.2016-12099など




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